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微生物のニオイと植物(注目の新情報)

生き物の発するニオイコミュニケーション

ニオイというのは、とても不思議なものですね。一見理性的に振る舞っているように見える私たち人も、異性や友人を選ぶ時の要因としてニオイは、最も大きな要因の一つだそうです。特に女性は、異性のニオイに敏感だそうですね。思春期の女子が、オヤジ臭に鼻をつまむ・・・そんな悲しい現実があるのも事実です。

それに、嗅覚が悪くなると、どんなに美味しいものも味気ないものになってしまうそうですね。非常に微妙なニオイの違いが、美味しいと美味しくない、口に合う・合わないを分けていると思うと、味付けよりもニオイ(香り)は重要かも知れません。風邪を引いて鼻が詰まって、味が分からなくなった経験のある方も多いのではないでしょうか。嗅覚の重要性に改めて気づきますね。

もちろん、人だけでなく動物、特に夜行性の動物や、もしくは虫などは触角にニオイを感じる非常に鋭いセンサーがあり、かなりの割合を嗅覚に依存して行動しているようです。ニオイというのは、動物にとって非常に重要なものであることは間違いないと思います。

ところで、植物にとっても実はニオイがとても重要です。植物が、甘い香りや、独特のニオイを周囲に漂わせ、それによって多くの昆虫や小動物が誘引されていることは、皆さんご存じでしょう。面白いのはそれだけではありません。

ニオイを受けた植物が、病害虫などの被害が軽減する事例が、次々に見つかっているのです。たとえば、昨年、東京理科大学より発表されたのは、ローズ精油のニオイがトマトの防御機能を高める作用でした。ローズ精油は、低濃度でトマトの防御遺伝子を活性化し、病害だけでなく、なんとナミハダニやハスモンヨトウなどの食害が著しく減少し、さらには天敵昆虫を誘引する可能性があることまで示唆されました。
ローズ精油を利用したトマトの害虫防御技術を開発(東京理科大学,2024)

ローズ精油のように精製したものや人工的なものだけではありません。海外の研究では、害虫に被害を受けた生きている植物が、その害虫の天敵を呼び寄せるニオイを発することも確認されました。(※How caterpillar-damaged plants p/protect themselves by attracting parasitic wasps. Ted C.J.Turlings et al . Proc. Natl.Acad.Sci. USA 92:4169 - 4174 (1995))

これはまさに、植物と昆虫とのニオイによるコミュニケーションと言って良いでしょう。

さらに面白いのは、植物同士もニオイ(揮発性有機化合物=VOCs)を使ってコミュニケーションを取っていることが話題になりました。これはとても衝撃的な話ですね。何が衝撃的かというと、植物にも嗅覚があるのか!と言う驚きです。

たとえば「害虫が来たぞ」とか、「病気が流行っているぞ」とか、そういうことを言葉ではなく、ニオイで周囲に伝えて、周囲の植物はそのメッセージを受け取って防御態勢を取るそうです。それも、同じ種ではなく、異なる種同士でもそのような「会話」が成り立っているそうです。言葉のない植物が、そんな手段でコミュニケーション(情報伝達)しているとは、とても面白い仕組みですよね。

(参照)
植物における匂い(VOC)の作用と認識メカニズムに迫る(東京理科大学)2024.10.24
においを介した植物間コミュニケーション(細川 聡子)
・(動画)植物の匂いコミュニケーション 初めて映像で見た感じている瞬間|Science Portal動画ニュース

このようにニオイが、生物の種別を超えてコミュニケーションに使われているというのは、非常に注目すべき発見です。

微生物もニオイを発している

同様に、さまざまな微生物がニオイを発していることは、誰もが気づいていることでしょう。発酵食品の独特のニオイ、納豆、キムチ、ヨーグルトなど、明らかに元の原料とは違うニオイが、微生物によって生成されています。もちろん、すべてが食欲をそそるニオイとは限りませんが。

放線菌という土壌微生物が発するニオイをご存じでしょうか。ゲオスミンといわれるその物質は、「雨上がりのニオイ」といわれ、どこか懐かしい土のニオイがします。一説には、放線菌は、このニオイ物質を放出することによって、昆虫を呼び寄せ、昆虫に餌の在処を知らせると共に、自らの胞子の拡散に協力してもらっているという共生関係が成り立っているそうです。さらには、乾燥地帯の動物は、このニオイを手がかりに水場を探すとも言われているそうです。すごいですね。

(参照)微生物談義第3回 「放線菌」の働き 1話(サンビオティック公式ブログ)
https://sunbiotic.com/blog/8650.html

このようなニオイ物質のことを、科学用語ではVOCsといいます。Volatile Organic Compounds(揮発性有機化合物)の略です。微生物が放出する揮発性有機化合物(VOCs)は、アルコール類、ケトン類、ベンゼン誘導体、テルペノイド、含硫黄化合物、アルケン類など、さまざまな種類の化学物質です。いま、生物学においては、様々な生物が作りだす様々なVOCsの作用についての研究が、ホットトピックの一つでもあります。

そこで、最近発見された微生物のニオイ(VOCs)に関する面白い話題をご紹介しましょう。

カビやキノコのニオイが、イネの生育を著しく促進する

誰もが知っているカビが、植物の生育を促進していると聞くと驚く方も多いでしょう。カビと言えば、野菜や果物を腐らせ、場合によっては生きている植物にも有害となる病原菌となることも多いからです。

しかし、そのカビが発するニオイが、植物の生育を促進しているかも知れないということが海外で発表されました。これは、実験のミスから発見された意外な事実だったのです。

そこで、新潟大学農学部の伊藤先生は、カビでは使用に問題があるだろうと言うことで、処理に困っていた廃菌床に注目。キノコもカビの仲間なので、同様の作用があるのではないかと実験したところ、なんとシイタケの廃菌床でも、そのニオイ物質により植物の生育が大きく促進されることを発見したと言うことなのです。

(参考)
・「置くだけで作物の多収化、高品質化、高温耐性を実現するバイオスティミュラント」発表資料 新潟大沢農学部 伊藤紀美子(2024.9.24)
育苗期にそばに置くだけ! 廃菌床が水稲の高温耐性を高める(マイナビ農業)

その生育促進効果は、研究室の中だけでなく、野外試験でもしっかりと確認されました。イネでは、2~6割もの玄米収量が向上し、クズ米は1/5にもなったそうです。試験の年は猛暑であったため、生育を促進したというだけでなく、高温ストレス耐性が向上したということも言えそうだとのことです。

しかも面白いのは、廃菌床のニオイを嗅がせたのは、育苗時ということなんですね。苗の頃に感じたキノコのニオイが、イネの一生における最終的な生育、収量にまで影響し、効果を上げるというのはとてもすごい事だと思います。

この効果は、イネだけでなく、ダイズでも確認されていて、今後の展開が楽しみな研究となりました。

糸状菌だけでなく、様々な細菌(バクテリア)にも有用なニオイ物質が発見されている

上記の例は、カビやキノコといった、いわゆる菌類(糸状菌)の事例でした。

しかし私は、このような微生物が植物の生育を促進しているメカニズムは、決して糸状菌だけであるはずがないと思います。むしろ、植物とより密接に共生している細菌には、さらに多様な働きがあるだろうと推測されます。

すでに海外では、細菌の生成するニオイ(VOCs)によって、植物の生育が促進したり、または病害虫などに対する耐性が向上する事例が発見されています。こちらの事例では、バチルスサブチリスという納豆菌の仲間の菌が発するニオイによって、トマトの植物ホルモンに関連する遺伝子が活性化し、成長が促進されたことが確かめられています。

Plant Growth Promotion by Volatile Organic Compounds Produced by Bacillus subtilis SYST2(2017 Tahir, Gu, Wu, Raza, Hanif, Wu, Colman and Gao)

またこちらの論文では、バチルス菌やシュードモナスなどの細菌、さらには大腸菌にさえ、植物の生育を促進したり、ストレス耐性を高めるニオイが見つかったことが分かります。実に、多様な微生物が様々なニオイを発し、植物はそれを感じ取ってたくましく成長しているということです。

Bacterial volatile organic compounds (VOCs) promote growth and induce metabolic changes in rice.(2023 Almeida, de Araujo, Mulato, Persinoti, Sforça, Calderan-Rodrigues and Oliveira.)

植物に効く!微生物や微生物代謝物の正体

植物の根圏には非常に多くの細菌が活躍しており、また植物に触れるほどの環境で生きていることを考えると、このニオイ物質の存在が、植物にとって非常に強いシグナルになることは間違いないでしょう。

皆さんの中には、微生物や微生物代謝物(発酵資材)が植物に良いということを聞いたことがある人が多いと思います。「でも、それってなんで?」という疑問を持っている方も多いですよね。

しかし、これまでご紹介したように、植物が発する「ニオイ」にさえ、植物の生育を促進したり、強くしたりする作用があるということを知ると、微生物が作り出す様々な物質に、まだ知られていない植物への働きがたくさん含まれていることに納得がいくと思います。

まだまだ未知のメカニズムがある微生物の世界ですが、ニオイという目に見えない世界もまた、生物間のコミュニケーションと関係性を構築する重要なファクターだと言うことを知ると、私たちがいま知っていることは本当にまだほんの一部に過ぎないと言うことを感じますね。世界は、まだまだ奥深い事がたくさんあります。こんなワクワクするようなことを考えながら、土や植物を見つめてみると、新しい発見があるかも知れませんよ。