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微生物談義第7回 植物を育て、強化するバチルス菌

植物に役立つ「鉄」と「りん酸」を溶かす力

バチルス菌の中には、農業においてはっきりと植物生育促進の作用が認められているものがあります。

パニエバシラス菌という細菌がいます。パニエバシラス菌は、『植物生育促進根圏微生物(PGPR)』の一つと言われていて、多犯性病原糸状菌であるフザリウム菌や、ボツリヌス菌(クロストリジウム属)や線虫(寄生性センチュウ)などに対して、拮抗作用、抗菌作用があるのです。

その増え方と競争戦略は、微生物世界の掟「早い者勝ち!」を基本としています。まず、バイオフィルムという粘着物質を放出し自分たちの生育エリアを確保します。その上で、エサを独占するのです。ほかの菌よりも先に、糖類やアミノ酸など食べやすいものを食べ尽くす!ということです。

ものすごい食欲ですね。バチルス菌の繁殖スピードは大変速いですから、他の微生物は圧倒されてしまうのでしょう。

そしてさらに面白いことに、糖類やアミノ酸のように誰にでも栄養豊富と分かるものだけでなく、「鉄」などのミネラル、いわゆる微量要素を、他の菌よりも先に食べてしまう事で、他の微生物の繁殖を抑える、という働きもあることが分かっています。

通常、土壌中の鉄は、酸素と結びついて酸化鉄となっていて、これは微生物にも植物にも吸収されにくいものです。ところが、パニエバシラス菌は、これを溶かす特殊な分泌液(シデロフォア)を放出し、他の微生物より優先的に鉄を摂取していきます。

同様の働きにより、リン酸も溶かされ食べられるようになります。このような働きのある微生物をリン酸溶解菌と言います。生き物にとって最も大切な、リン酸や鉄を、手当たり次第に食べつくされ、ほかの微生物は繁殖できなくなる、というわけなんですね。

この働きは、植物にとっても非常にありがたいものです。パニエバシラス菌が病原菌などの繁殖を抑えてくれるだけでなく、彼ら(パニエバシラス菌)が死んだ後に、溶け出てくる養分の中に、吸収しやすい鉄分が含まれることになりますから、植物生育促進根圏微生物(PGPR)だと言われるのは、当然と言えば当然です。

さらには、キチナーゼやプロテアーゼなどの溶菌酵素を大量に出し、微生物のみならず、線虫さえも寄せ付けないというのですから、パニエバシラス菌に優占された土の中は、まるでジャイアンが歌っているような状態です。(笑)

哲学的に感動する、植物と微生物の共生関係

また、パニエバシラス菌は、植物にとって生育促進に働く重要な物質を作ります。

それは皆さんご存じの、「植物ホルモン」です。パニエバシラス菌は、植物の根から糖分やアミノ酸などの美味しい栄養を受け取る代わりに、植物ホルモンであるオーキシンやサイトカイニンなどの物質を作り、植物に供給しているのです。これに似た作用は、枯草菌やラクトバチルスでも確認されています。多くの植物の根域で共生、共存する微生物によって、たくさんの植物ホルモンが供給されていると考えられています。

これこそまさに、共生ということですね!どちらか一方が、何かを奪ってばかりいて、ちっとも与えてくれない関係は、寄生とか、片利共生とか言います。しかし、パニエバシラス菌は、まさに相利共生と言っていいようです。お互いに与え合う関係、とても素晴らしいと思います。

しかもそれは、わざとらしく、または恩着せがましく行われているわけではなく、「善意」という偽善的な要素さえ感じません。それは、自然と、無意識に、または互いが自らのためにただ一生懸命生きている中で行われているところが、美しい仕組みだと思うんですよね。その関係は、英語で言うGive and Takeや、日本語で言う「持ちつ、持たれつ(相互依存)」という感じではなく、「気がつけば利他」という、非常に日本的、仏教的な生き方だと感じるんです。知らず知らずのうちに、人助けをしているような、そんな生き方に、ジンときます。そもそも植物や微生物には、目的や計画は無いのですから、私たちが勝手に彼らの行動に意味を付けることが間違いなのかも知れませんが、私は、こういう生き物の営みから、人としての理想的な生き方なんかを、良く考えたりするんですよね。すみません、個人的な考えが入りすぎました!(笑)

とにかく、このように植物と微生物が、お互いの長所を生かすように共生関係を作ると、植物はますますよく育つようになります。これが、土で植物を育てることの最大のメリットだと思います。

植物の免疫力も高めるバチルス菌

ちなみに、夏に行う太陽熱消毒(太陽熱養生処理)を実施すると、パニエバシラス菌が有意に増えることが確認されています。太陽熱処理は、単に有害微生物(病原菌や線虫)を殺すだけで無く、有用な微生物を増やしてくれるという側面も、非常に大きいメリットですね。

再度、枯草菌というバチルス菌に話を戻します。最近の研究では、枯草菌の活動が病原菌の増殖を抑えたり、植物の免疫機能を強化することも発見されています

病原菌の増殖を抑えるというのは、上述の通り、病原菌よりも優先して増える力、そして病原菌そのものを攻撃する力もあるからです。

一つ面白い例をご紹介しましょう。

もう一つ、面白い事例をご紹介しましょう。バチルス菌がダイズの重要病害であるダイズ黒根腐病の発病を抑止する事例です。ダイズ黒根腐病は、全国的にも被害が大きく、ダイズの連作を難しくする原因にも成っている真菌類が病原菌の土壌病害です。一度増えると、7年も土壌に生存しているとされ、ダイズのお困り病害です。そんな中、秋田県に25年もダイズを連作しているのに病害が発生無い圃場があり、その圃場では乾燥鶏糞200kg/10aを毎年施用していることが、ダイズ黒根腐病の発病を抑止しているのではないかということから、研究が始まったようです。

調べてみると、乾燥鶏糞に含まれるバチルス菌が、確かにその病気の発病を抑止していることが確かめられました。発病を抑止しているだけで無く、病原菌の増殖も抑制していたというのですから、すごいですね。

ダイズの土壌病害を抑制する微生物(Bacillus属細菌)の分離と利用
https://www.jstage.jst.go.jp/article/jssm/74/1/74_13/_pdf/-char/ja

そして、さらに面白いのは、バチルス菌により、植物の免疫力が高まるという現象です。

仕組みの一端は、こうです。植物が病原菌に攻撃されていることを感知すると、普段は根からはあまり出さないリンゴ酸という特殊な有機酸を放出します。リンゴ酸が大好きな枯草菌は、やはり根の周辺に一気に増え、バイオフィルムを形成し、病原菌を寄せ付けない体制をとります。同時に、枯草菌の活動物質から誘発されて、植物の免疫に関係する遺伝子にスイッチが入りますこれにより、葉や根の内部では、抗菌物質や殺虫成分が作られたり、繊維が強化されたり、または気孔を閉じたりして病害虫抵抗性が高まるのです。風が吹けば桶屋が儲かる的な、この一連の仕組みは、非常に手の込んだというか、不思議な自然の仕組みです。

このような病害虫に対する免疫力の向上は、他のバチルス菌でも確認知れています。虫を殺すたんぱく質を作ることで有名な、バチルス・チューリンゲンシス(B.T)というバチルス菌がいます。この菌が条件によってよく増えたり、また人為的に接種すると、なぜか植物は免疫機能が高まり、虫だけでなく、青枯病などの病気も減るという不思議なことが起きるのです。植物がバチルス菌の活動に誘発されて、同じように免疫スイッチが入るという、面白い現象です。
「バチルス属細菌で植物の病害抵抗性を高め土壌病害を防ぐ」
https://www.naro.affrc.go.jp/.../confe.../pdf/p73_poster.pdf

とても不思議なようですが、この働きは、人の免疫に当てはめて考えると、むしろ自然なことのように思います。私たちも、ヨーグルトや納豆を食べると、免疫力が高まると言われていますよね。新型コロナが流行したときには、テレビでも発酵食品をお勧めするという専門家が良くそういう話をしていました。人も、やはり微生物(腸内細菌)と共生すことで免疫力を高めているワケです。そう考えると、植物と微生物の関係においても、同じように微生物が植物の免疫機構を助けていることは、納得がいきます。

そして今回は、バチルス菌を例にとりましたが、実は、植物の免疫力の発動は、バチルス菌だけでなく、糸状菌や放線菌の活動でも誘発されます。また、さらに面白いのは死んだ微生物の細胞壁(βグルカン)や、キチン・キトサンなど昆虫や線虫の殻の成分によっても、引き起こされます。実に面白い反応だと思いませんか?

生き物にとって、身の回りに適切な微生物との共生、多種多様な生き物のバランスが構築されているということが、いかに大切であり、その仕組みが見事に生命反応に組み込まれているかということを、深く納得させられますよね。

ちなみに、申し添えますが、菌力アップには、生きたパニエバシラス属菌も含まれています。すごいですね、菌力アップ!笑

まだ言い足りないですね。次回、もう少しバチルス菌の話題を続けましょう。笑