ミネラル第13回 ミネラルが導いた『いのち』の物語
23時30分 ホモ・サピエンスの誕生まで
生命の誕生は、最新の研究では、およそ39億年前といわれます。地球の歴史を1日に例えると、生命誕生は、午前3時40分ごろ。漆黒の空が、うっすらと明け始めるころでしょうか。それは、科学では証明の難しい、神秘的な出来事だったに違いありません。
それから長い長い時が流れ、一日の終わりに近づく深夜
23時30分ごろ、ようやく私たちホモ・サピエンスが誕生したそうです。生命が進化を続け、様々な機能と、それを支えるエネルギー生産の能力を得るまで、本当に長い時間がかかったことがわかります。生命の生きる執念と絶え間ない努力の末に、私たちが生きていることに、感謝の気持ちが湧いてきます。
生命誕生の奇跡を起こしたミネラル
さて、そのような生命の進化を支えたのは、まさしくミネラルであったといえます。地球には、生命が進化するための材料が、完璧といえる豊富さとバランスで用意されていました。たとえば、最初の生命が必要としたのは、DNAを作るためのリン(P)です。リンは、初期の地球にも豊富にあり、原子のサイズや酸素などとの結合力が、DNAを作るためにぴったりはまったのです。有名な二重螺旋構造は、リンでしか成しえなかった仕事と言われています。ほかのどの原子で作っても、崩壊してしまうのです。
リンの活躍は、DNAだけではありません。DNAの情報をコピーして伝達するRNAや、RNAをもとにたんぱく質を合成するリボソームにも、そしてエネルギーの運び屋であるATPにも、リンが中心的役割を果たしています。乾燥させた細菌の重さの25%はリボソームであり、RNAの25%はリン酸なのです。リンは、生命の背骨といってもよいでしょう。
リンには、切っても切れない相棒がいます。マグネシウム(Mg)です。農業では、苦土(くど)といわれます。マグネシウムは、DNAやATPなどリンのあるところには、必ず周りを取り巻き、リンの活動を支えている大切なミネラルです。マグネシウム(苦土)が不足すると、植物はDNAもリボソームも作れなくなり、黄化して枯れてゆくのです。
ミネラルの話題は、尽きません。生命活動にはそれほど深く、ミネラルが関わっています。原始の生命体から始まり、私たちのような高等動物まで、ミネラルをうまく使う方法を編み出し、生命は進化したといえます。
ミネラル欠乏に陥る現代人
であるのに今、私たち現代人の多くは、目に見えないミネラル欠乏に陥っていると、WHO(世界保健機関)や様々な医師や栄養士団体が指摘しています。これだけ飽食の時代と言われて久しいのに、栄養失調の人が多いというのです。
たとえば、マグネシウム(Mg)は推奨摂取量の30%以上、一日100mgが不足していると言われています。亜鉛(Zn)も推奨摂取量の20〜30%もの不足があり、最も重要な鉄(Fe)に至っては、地球上に20億人もの潜在的欠乏症の人がいると言われています。
現代人のミネラル不足は、なぜこんなに深刻なのでしょうか?それには、いくつかの回答が用意されています。
たとえば、包丁や鍋などの調理器具が鉄器などからステンレスやコーティング器具に変わったことが、要因と言われています。400年の歴史を持つ岩手の伝統工芸である南部鉄器で湯を沸かし、お茶を入れるという人は稀でしょう。包丁も、赤錆の付く包丁を使っているという人も少ないはずです。
また、私たちの日常に欠かせない加工食品やインスタント食品の多くには、リン酸塩などのキレート剤が配合されています。鉄や亜鉛などの酸化しやすいミネラルの変色を抑えるためです。このような酸化防止剤やキレート剤は、私たちの腸内でミネラルの吸収を阻害しているというデメリットがあります。
そして、もう一つの有名な答えが、野菜や穀物に含まれるミネラルが圧倒的に少なくなっている、ということです。たとえば、日本の食品に含まれる「日本食品標準成分表」によると、50年前の鉄分を比較するだけで、現代人の鉄不足の理由がわかるような気がします。
(鉄含有量) | 50年前 | 現在 |
---|---|---|
ホウレンソウ | 13.0mg | 2.0mg |
温州みかん | 2.0mg | 0.1mg |
ニンジン | 2.0mg | 0.2mg |
ミニトマト | 5.0mg | 0.4mg |
ミネラルは、ただの肉を「生命」に変える
私たちの体のほとんどは、チョンでできています。チョンとは、「CHON」です。つまり、炭素(C)、水素(H)、酸素(O)、窒素(N)です。体重の実に97%は、CHONであり、「有機化合物」といわれる肉(たんぱく質)の塊(かたまり)です。(たんぱく質の約16%が窒素です。)
そこに、生命力を吹き込むのは、やはりミネラルです。残りの3%が、固く結合して体を支え、あるいは、水に溶け、たんぱく質と結合し、様々な酵素となってエネルギーを生み出し、新しい細胞を作っています。ミネラルの働きが、すなわち生命力だということです。
昔にはなかったような病気や症状を見聞きすると、やはり私たちは、野菜が持つ力、穀物が持つ力を十分に享受できていないのかもしれません。私たち農業者の使命は、作物の持つ生命力やエネルギー、そして栄養価を高め、それを食する人の健康や幸せに貢献していくことでしょう。そのためには、ミネラルの必要性は、しっかり考えてみなければなりません。
ミネラル豊富な作物を育てる農業者の使命
私たちが育てている植物が、しっかりとミネラルが足りている状態にあるか、確認をしていきたいものです。土壌分析をして、ミネラルが十分に、そして適度なバランスで含まれているものか。また、土壌のpHが適切で、吸収しやすくなっているかも重要です。
また、根の活力が低下すると、そこにあっても吸収が悪くなるものです。土壌中のCO2は、通常は2,000ppm以下くらいですが、土が締まって固くなっていると、空気は流通しなくなり、CO2は一気に20,000ppmまで跳ね上がります。
根は酸欠して細胞が死に、どんどん剥がれ落ちていくのです。ミネラルを吸う以前の問題です。土には、有機物を施用し、微生物を育て、常に膨軟に保ち、適度な水分と空気が必要です。微生物が育つと、土壌を団粒化させると同時に、植物と共生し、必要なミネラルは微生物が届けてくれるようになるのですから、微生物の力は偉大です。
栄養生長と生殖生長では、植物内に必要なミネラルバランスが変わり、樹液のpHも変わります。果実を作り、子孫に生命を伝えようと、種子にミネラルを運びます。それほど繊細に、精密にコントロールされているミネラルというものの存在意義と、生命進化の巧みさに驚かされます。
長い話になってしまいましたが、ぜひ皆様のこれからのミネラル物語に、マジ鉄がお役に立てることを祈って、この話を終わりにしたいと思います。